結婚相談所物語 vol.1
2022.12.15
「もう、ダメかも知れません…。」
憔悴した泣き笑いの声で相談所の席に着くなりそう呟いた鈴木さんには、いつものマイペースな余裕は感じられなかった。
「そんなに結論を焦らず、改めて経緯を説明してください、一緒に良い解決策を模索していきましょう」
結婚相談所で巡り逢った真子さんと順調に交際を深めて、無事にプロポーズを済ませた鈴木さんから、「結婚式の内容で揉めてしまって、かなり精神的に追い詰められています。」と連絡が入ったのは昨夜の21時頃、電話での相談では難しいと直感的に感じた私は、翌日事務所で詳しい内容を聞かせてもらう事にしました。
鈴木さんは43歳婚姻歴無し、デザイン会社を経営していて年収は1千万円を超えている、色白童顔で笑顔が人懐っこい、いわゆるハイスペック男子です。
「出会いもある職業なのに今まで独身だった理由は自身の欠陥的性格にある」と入会面談の際に本人から聞かされていました。
その欠陥的性格とは、
・とにかくインドア好きで休みの日は一歩も外へ出ず、ゲームと漫画に明け暮れている。
・人とコミュニケーションをとる事が苦手で、できればずっと1人で居たい。
・職場でも必要最低限のコミュニケーションしか取らない。
・飲み会などには出来るだけ参加したくない。
・結婚をしても人並みの家族生活が営めるか自信が無い。
鈴木さんは幼い頃に父親を亡くし、両親が経営していた印刷会社を母親が切り盛りする事になり、その為母親は仕事中心の生活で、実質的には祖母に育てられたという生い立ちです。自身曰く母親は特別に自分にも他人にも厳しい人で、又、母親に習って祖母も自分への教育が厳しく、発育段階で人並みの愛情を受けていないので、このようなひねくれた性格になってしまい、その為結婚ができないという、40~50代未婚者に多い他責思考の「結婚できない理由語り」をマシンガントークで語ってくれました。
「とにかく僕は結婚には向いていないんです!」と最初の面談で豪語した鈴木さん。
「でも、今日はこの結婚相談所に入会するつもりで来たんですよね?」と尋ねると「そうです」と素直に応じるのです。
私は基本的に結婚に前向きな方にしか入会をお勧めしていないので、「そんなに1人がいいんでしたら結婚しなくてもいいんじゃ無いですか」とお話し、続けていつものように遠回しに入会を断るべく結婚しなくても良い理由をいくつかお話しました。
・お住まいの近くに医院もあるし、お金持ちですから、何かあったらそこに連絡がいくようにしておいたら1人でも安心ですよ。
・今はコンビニやスーパーで一人分の栄養のある食材を簡単に入手できるので食事には困りません。
・親元を離れてから20年以上気ままな偏向思考で暮らしてきたのに、今更他人と一緒には暮らせないのでは?
・結婚生活は良い事もあるけど、煩わしい事も山ほどありますよ。恋愛結婚の4割以上が離婚していますし、結婚生活は大変です。
・1人だったら連休中はこもりっきりで、好きなだけドラクエをして食事はポテチとカップ麺で済ませてパンツ一丁で暮らせますけど、結婚したらそうはいきませんよ。
鈴木さんは、「その通りです」といちいち大きく頷きつつ「やっぱり結婚したらドラクエもファイナルファンタジーも自由にできませんよね」
「その通りです。RPGゲームができないどころかオナラひとつ自由にできなくなります」
「ですから、結婚しなくてもいいんじゃないですか?。世間体の為に結婚しても早々に離婚するでしょうからお相手にも迷惑ですし、お金も勿体無いので結婚相談所への入会はしない方がいいですよ」
何度も下を向いて頷いていた鈴木さんが、ハッと我に帰ったかのように私の方を見て
「それでも結婚したいんです。私でも結婚できるでしょうか」と、今までの世間を斜め下に見るような語り方とは明らかに違う懇願口調で真剣な眼差しを私に向けました。
「本当に結婚をしたいのでしたら、サポートはできる限りさせて頂きます。でも結婚生活には相互理解と協調性、相手に対する感謝の気持ちが大切です。できない理由探しもいいですけど、もう少し前向きに物事を考えて見る練習をしてみませんか?
ご自身では特別恵まれなかった子供時代を過ごしたように言っていましたが、健康に育ててくれて大学にも親のお金で通わせてもらったんでしょう。しかも3年も浪人するなんて、立派に稼げる経営者になれたのも親御さんの支えがあってこそです。もっと親に感謝するべきですよ。」
「ご自身では欠陥的性格のように思っているようですが私はそうでも無いと思いますよ。こもりっきりでドラクエをしたいのは僕も一緒ですし、一人願望は誰にでもある事です。でも結婚しない理由を生い立ちのせいにするのは良くありませんね。」
「すいません、僕は結婚相談所に対する偏見がありまして、売上重視で誰にでも入会を薦めてくるものだと思い込んでいました。那須さんのいう通りです。母は厳しい人ですが女手一つでここまで育ててくれた事に、本当は感謝しているんです。はっきり言ってもらって安心しました。どうか、僕に婚活を頑張らせてもらえませんか?」
「分かりました。それではサポートをさせて頂くにあたって、一つ条件を出させて頂きます。それを約束して頂けるなら、一緒に頑張っていきましょう。」
「はい…、どのような条件でしょうか?」
「そんなに難しい事ではありません。これからできる限り親孝行を必ず実行してください。ということです。できますか?」
「母親とは顔を合わすたんびに喧嘩してて、親孝行なんかした事ないんですけど、僕にできるでしょうか?」
「はい、できます。というか、これは条件ですから親孝行ができないという事でしたら、申し訳ありませんが、サポートはお引き受けできませんよ」
「うーん、分かりました。やってみます・・・」
「そんなに難しい事ではありません。親孝行はその気にさえなれば、いつでも・誰でも・どこででもできます。その方法を教えますから実践してくださいね。
親孝行は形や言動で行うのでは無く、心で行なってください。
例えば一人で何かしら美味しいご飯を食べる機会や綺麗な景色を見れた瞬間などがあった際に、このように想ってください。
この美味しいご飯をお母さんやお父さん、お祖母さんにも食べさせてあげたいなぁ。
この綺麗な景色をお母さんお父さん、お祖母さんにも見せてあげたいなぁ。・・・と。」
「すいません。ちょっと待ってください。母とお婆ちゃんは分かるんですが、父は僕が幼い頃に既に亡くなっていていないんです。」
「そうですよね、最初にお聞きしています。心に想う親孝行は親御さんが既に他界されていてもできるんです。」
「僕はお母さんやお祖母さんのお陰で、こんなに美味しいものが食べられるくらい、稼げるようになったんだよ、もしお父さんが生きていれば、この美味しい食事を一緒に食べてもらいたかったなぁ」
「お父さんの好物をお腹いっぱい食べさせてあげたかったなぁ」
という、気持ちや想いが大切なんです。
ですから、親孝行は誰でも、いつでも、どこででも、遠く離れていても、既に他界されていたとしても出来る事なんです。
心が伴っていないのに、急に肩を揉もうとしたり、上辺だけの言葉や行動で示すのは気味悪がられるだけで何の意味もありません。
それよりも、常日頃からお母さんお祖母さんの無事と健康を心に想い、大切に想う感謝の気持ちが肝腎です。それを今から実践してもらいたいのです。」
「鈴木さん、結婚生活に限らず人生には様々な苦難が訪れます。そんな時は、この言葉を思い出して実践してみてください。きっと好転していくはずです」
私は事務所の壁にかけられた【感謝・利他心・親孝行】と書かれた額を指差して言いました。
「はい、分かりました。心で想うだけなら出来るかもしれません。やってみます」
このような経緯で入会されることになった鈴木さんですが、根が素直という事もあったからか、入会からわずか1ヶ月で、同じくインドア派でマンガとゲーム好きな真子さんに出会い意気投合して、トントン拍子にプロポーズまで進み、半年後には結婚式を挙げることが決まりました。
「母はとにかく厳しくて、僕のやる事なす事にいちいち文句を言ってくる性格なんですが、今回の交際については認めてくれているようです。」と、喜んでいた鈴木さん。
私も思いがけずスムーズに話が進展して、安心しきっていた矢先に冒頭の電話がありました。
鈴木さんは事務所の席に着くなり、頭を抱えて、
「もう色々と面倒になってきたので、全部辞めてしまいたいです…」
「まぁまぁ、事情は今から聞きますけど、正直言って、今までがスムーズにいきすぎてたんだと思いますよ。結婚後は夫婦の危機は何度となく訪れますから、結婚前に一回くらい経験できて良かったじゃないですか」
「那須さんは、なんでも前向きに考えられますねぇー。羨ましいですわ」
「とにかく、何があったのか聞かせてください」
・・・つづく
ここに登場する人物は「マリッジカウンセラー那須」以外は全てフィクションです。